2014年04月29日

◆2回目の全国蕪村顕彰俳句大会

NPO法人近畿フォーラム21主催               講座「蕪村顕彰俳句大学」 事務局


今年4月から開講する第9期「蕪村顕彰俳句大学の句会講座」が、いよいよ始まりました。奇数期の今回の9期講座は、兜カ學の森と共催して行う2回目の「全国蕪村顕彰俳句大会」で、「一般の部」では地元句会受講生だけではなく、全国からも俳句作品が応募される、全国レベルの「俳句大会」になります。
 
ところで9期講座は、従来の3講座に新たに1講座が加わり、4講座となりました。新講座は、既にWebの「9期ご案内」でお知らせしていますが、石川多歌司講師による「天地」俳句集団主宰によって、今月28日から開講します。

 このように、2回目の「全国蕪村顕彰俳句大会」の句会講座期から4講座に増えたことは、蕪村俳句の高揚を進め、同時に熟練の俳句受講生が「優れた俳句つくりを目指して挑む」ことになり、大阪伝統俳句文化振興に貢献できることに繋がるものと確信しておりまして、大いに喜ばしいことと思っております。

 こうした中で、9期初回の「句会講座」は、4月11日に大橋晄講師によって開講。同期2回目は、4月14日に朝妻力講師によって行われました。

 大橋晄講師の「句会」は、当日出席の受講生、季語は「自由」で、その場で3句づつつくり、それをお互いに選句し合った後、大橋講師が選句と評論をされる、当講座では異例な方式で行われました。非常に盛り上がりました。

 朝妻講師の「句会」は、まず講師が資料として用意された15句について、「季語」を中心に、俳句の表現・句形・詩情を折り込んで、句を上達させる方法を受講生と語り合いながら行われました。結果として当初の15句より素晴らしい俳句に手直しされ、受講生の間では講師の指導に敬服が寄せられていました。
 
次回の3回目の句会は、4月23日に山尾玉藻講師によって行われます。4月を締め括る4回目の「句会講座」は、前記の石川講師によって開講致します。

 4講座の受講生は、9月に向けて全国から応募される俳句作品に対抗して、8月まで懸命に受講に臨み、優れた作品を出句する意気込みが早くも感じられます。

 兜カ學の森と共催して行う2回目の「全国蕪村俳句大会」は大いに盛り上がることを期待しています。皆さん、頑張りましょう!
 
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2014年04月03日

◆蕪村生誕300年記念行事A

NPO法人近畿フォーラム21


〜茶屋町から天六へ−蕪村ゆかりの地をめぐる〜

3月30日、大阪市立大学と大阪市立住まい情報センター、NPO法人近畿フォーラム21の共催で、教授・院生がスタッフとして協力した「茶屋町から天六へ−蕪村ゆかりの地をめぐるA」というまちあるきイベントが実施されました。

当日は小雨のなか、13名の参加者が集まりJR大阪駅北口からまちあるきがスタートしました。茶屋町に入ってから蕪村の句が刻まれた碑で、蕪村の俳句についての説明を聞きました。

その後、JR東海道線の東側に位置する中崎町界隈を通って、豊崎長屋を訪問しました。ここでは、改修された長屋の中を見学できる貴重な機会もありました。

最後に天六の大阪くらしの今昔館の企画展『天満の歴史とまちづくり』も見学しました。このまちあるきは、北区の中心地区の歴史と都市化についての知識を深める貴重なきっかけとなりました
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2014年03月24日

第8期蕪村顕彰大学講座表彰式 終わる

NPO法人近畿フォーラム21主催
    蕪村顕彰俳句大学


第8期蕪村顕彰大学講座「表彰式」が、3月23日(日)午前10時から、大阪市毛馬町の市立淀川小学校で、大阪府、大阪市、独立行政法人国際交流基金、公益財団法人関西・大阪21世紀協会、学校法人追手門学院、(社)日本書芸院・大阪文化団体連合会・大阪俳人クラブの後援を得て開催しました。

この日は小学校での「出直し市長選挙」投票所と、式典会場が重なったため、「表彰式」の会場は各期の「表彰式」の時より狭く100人定員に設けられましたが、それでも80余人が参加されました。

式典は午前10時から、受賞者、ご来賓、講師、受講者、俳句愛好者らが参加して始まりました。

まず、開催の辞のあと、蕪村顕彰俳句大学の学長挨拶(代読)につづいて、蕪村生誕300年記念行事委員長で、大阪市立大学大学院研究科の村田正博教授による恒例の「蕪村講演」・蕪村のことばー「大(おほ)なる璧(たま)」で、蕪村の人柄の良さを述べられ、参加者の皆様が楽しく謹聴していました。

このあと、蕪村顕彰俳句大学の選考委員長で、大阪芸術大学学芸部の三村純也教授が行う式典最大焦点の「受賞句発表と選評」が行われました。受賞者の入賞句に、出来栄えの評価と句発想の奇抜さについて正に専門的な選評がなされ、参加者は熱心に傾聴しました。

続いて、朝妻力・山尾玉藻・大橋晄の3講座担当講師による「講師推薦賞の発表と選評」が行われた後、「受賞句の発表」に基づく、本番の「授与式」に移りました。

★「一般の部」、「児童生徒の部」、「国際俳句蕪村賞」の「3部の受賞者受賞」は下記の通りで、それぞれ「賞状」が授与されました。
<各賞の受賞と賞状の授与>
◆「一般の部」 入賞句  

大阪府知事賞     寒夕焼ぶつけて繋ぐ連結器         西田  洋  
大阪市長賞      能面の裏の凹凸冬に入る          西村しげ子  
関西・大阪21協会理事長賞   初霜や越後の酒を提げ来たる   松井 倫子
学長賞         海神の鳥居近くに海苔を干す       渡辺 政子  

◆「児童・生徒の部」 入賞句  

大阪府知事賞   白いいきみんなではけば雲になる 多田朱里 鷺洲小学校二年
教育委員会委員長賞  雪降る日あの約束を思いだす 平井良樹 南高等学校一年

◆「国際俳句蕪村賞」入賞句―(賞状は、下記の佳作賞と共に海外に郵送されます。)     

大阪府知事賞  海辺から吹く北風に目を閉じる   ドイツ  ジェシカ ロレンコ    
大阪市長賞  枯蔦や落書き残る煉瓦塀    台湾   劉 奕辰      
国際交流基金理事長賞 おはようと話す友達白い息 ハンガリー オラーヴィクトーリア 
学長賞      捨て猫の伸びては縮む冬麗   台湾   花城可裕      

★続いて、「佳作賞」が発表され、賞状が授与されました。
◆「佳作賞」(一般の部)

小春日や姉となる児と産院へ            荻坂真稚子
おもてうらありて俎始かな             東  和子
斜面駆け上る木通をみつけし子           郡  明雄
大淀の光を纏ひ揚雲雀               金谷 節子
待春のひかりに流れ峡の水             日下部房子
あどけなき賀客に歳を問はれけり          奥田 順子
膝元へ炭はぜし音初点前              増田 忠勝
枯蘆の隙美しき水流れ               安部 和子
男手の揃ひたる今日大根引く            羽渕 富子
川風や光散らして蜻蛉群る             福長 まり
連山を繋ぐ鉄塔天高し               吉田 悦子
また母の話に戻る炬燵かな             吉田万喜子
鷽替へて互ひに逸らす視線かな           竹森 静雄
遠まはりせしたれかれに草じらみ          蘭定かず子
ひと駅を父につきゆく札納             小林 成子
木枯や玻璃くもらせて夕支度            宇利 和代
短日やマネキンの服脱がせ買ふ           山田美恵子
早梅や光れる海を見はるかし            荻坂真稚子
長堤の空に貼りつくいかのぼり           中川 晴美
料峭や足の欠けたる女神像             角野 京子

◆「佳作賞」児童生徒の部)

こままわし何度やってもまわらない     佐々木悠希  鷺洲小学校一年     
ほどうきょうぼくの口から白いいき     園田桂之介  鷺洲小学校一年
雪だるまとんがりぼうしにあってる     小河海翔   鷺洲小学校二年    
ころがして大きくなった雪だるま      藤原秋乃   鷺洲小学校二年     
なわとびではやぶさできた三学期     有馬佑月   鯰江東小学校三年  
ストーブの前に集まる顔と顔       小島知樹   鷺洲小小学校三年      
かきごおり頭がきんといたいけど     梅原らん   鶴見南小学校三年    
バレンタイン好きな数だけチョコわたす   樗n愛梨   鷺洲小学校四年     
つららからドレミファソラシ音がなる    清水茉絢   鷺洲小学校四年     
弟といっしょに闘う雪合戦         西本全輝   鷺洲小学校四年     
息白し空のかなたへ消えていく       服部健翔   鷺洲小学校四年     
おもちつき重たいきねをどっこいしょ    東 俊介   豊仁小学校五年      
かき氷みつをかけると色の山        土坂英玲奈  豊仁小学校五年     
木の下で読書楽しむ秋日より        松下光瑠子  鷺洲小学校五年     
コンビニのおでんを食べてあったまる    掛川颯太   鷺洲小学校六年     
春の風吹かれて僕は歩んでく        田中 佑   南高等学校一年      
春の夜のしたたる雨に目を閉じる      大井田日和  南高等学校一年      
君を待つ手袋はずし背を向けて    阪口夏菜 咲くやこの花高等学校二年 
ため息が一層息を白くする      山辺美祈 咲くやこの花高等学校二年   
白い息追い抜き走るグラウンド    村上萌  咲くやこの花高等学校二年 

◆「佳作賞」(国際俳句蕪村賞)   
山里のとっぷり暮れて秋の蝉    台湾     韓穎慶    
  秋長けて辻芸人のバイオリン   台湾        鄭芝宣   

★「講師推薦賞」
・朝妻力講師推薦
行く秋の雨にけぶれる商都の灯      藤田 壽穂
花ひひらぎ幸福といふ小さき駅      東 久志夫
初春や誰彼に似て稚眠る         上西美枝子

・大橋晄講師推薦
また母の話に戻る炬燵かな        吉田万喜子
能楽師の一瞥もせぬ淑気かな       西村しげ子
ベストセラー斜め読みする年の暮     安田 富子

・山尾玉藻講師推薦
遠まはりせしたれかれに草じらみ     蘭定かず子
身に入むや子規の日記の柿の数      河ア 尚子
梅が香や西へうつりしオリオン座     大山 文子

上記の3講師よる「講師推薦賞」の受賞者には、講師から声をかけられて座席から立ち上がって頂き、会場から受賞者に祝辞の拍手が送られました。賞状は4月の9期「句会講座」でお渡しさせて頂きます。

以上のように「賞状授与式」が終り、会場は感動の雰囲気で満たされました。「一般の部の受賞者」は勿論、特に「児童生徒の部」の2人の受賞者と、同伴されたご担当の教諭・ご家族の喜びの姿が印象的でした。
 
これで第8期「蕪村顕彰俳句大学表彰式」が、無事終了致しました。改めて、各賞を授与して頂いた各後援団体にお礼を申し上げますと共に、ご参加頂いたご来賓各位のほか、参加者の皆様に深謝いたします。

★ 式典のあと近郊の「蕪村公園」で「優秀句プレート碑除幕式」を開催しました。大川沿いにある「蕪村公園」の北西側に、当蕪村顕彰俳句大学の表彰式で受賞された方の名前を刻字した「記念プレート碑」を設立した場所を設けており、今期で「8基の優秀句プレート碑」が並びました。

 「優秀句プレート碑」が除幕されますと、受賞者やご家族、講師、関係者等が集まり、集合の記念撮影が行われ、表彰式と同様、大いに盛り上がりました。除幕式ご参加の皆様に心から礼を申し上げます。

どうか「蕪村公園」にまだお出でになっていない方は、「蕪村公園」をお訪ねして頂き、「優秀句プレート碑」をご高覧頂きます様、お願い申し上げます。

★ 末尾になりましたが、この4月からは、兜カ學の森と共催し、9月の表彰式に向けて全国から俳句を募集して表彰する「全国蕪村俳句大会」を開催致します。兜カ學の森発刊の月刊誌「俳句界」に、全国からの詳しい応募ご案内が掲載されますので、どうかご高覧頂き、ご応募して頂き受賞されますよう、心からお願い致します。
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2014年03月10日

◆蕪村生誕300年祭を挙行

NPO近畿フォーラム21    池尻 一寛


NPO法人近畿フォーラム21(筆者代表)第8期講座「蕪村顕彰俳句大学」の優秀句表彰式を、3月23日(日)に開催する。

会場は、蕪村生誕地近郊の大阪市立「淀川小学校」で行い、第8期表彰式に向けて受講生から1210句、児童生徒から187句、6諸外国から69句が応募された。

この応募句から優秀句を選考し、大阪府知事賞・大阪市長賞・公益財団法人関西・大阪21世紀協会理事長賞、独立行政法人国際交流基金理事長賞、大阪市教育委員会委員委員長賞、当俳句大学学長賞をそれぞれ授与、入賞句には「佳作賞」を授与する。

もともと「蕪村顕彰俳句大学」を4年前開講したのは、江戸時代の三大俳人の松尾芭蕉と小林一茶の生誕地は江戸時代当時から知れ渡っているが、与謝蕪村が大阪毛馬町生誕であることを知らない人が多かった。このため大阪俳人の蕪村顕彰し、俳句文化振興をするのが目的であった。このあと追々。

先般、講座「蕪村顕彰俳句大学」講座の講師で、蕪村研究第一人者の関西大学文学部の藤田真一教授とお会いし、蕪村生誕に纏わる様々な話を伺った。

藤田教授の話によると、蕪村の生誕地が大阪・毛馬町であることが「定説」になったのは、終戦後奈良県でこれに纏わる「蕪村直筆の書簡」が見つかったのが、キッカケだということだった。これには耳を欹てた。教授の話は下記のようだった。

(蕪村は、自分の生誕地のことは、俳人・画人として活躍の舞台だった江戸・京都でも、何故か余り触れたがらず、主宰の「夜半亭」の弟子たちにも語ったという「記録」すら残されていないという。このため、蕪村の生誕地を確知していた者は、誰もいなかったのではないか。

ところが蕪村は、安永六年に発刊した冊子「夜半楽」(二十頁ほど)の冒頭に、「春風馬堤曲」を書き、毛馬村側の淀川の馬堤に触れ、十八首の俳句を添えている。しかしこの時残念なことにその舞台となる淀川毛馬馬堤近が、自分の「生誕地」だとは、一切触れていない。

ところが、その後願ってもないことが起きた。

蕪村は、この「夜半楽」冊子を贈呈した大阪在住弟子の柳女・賀端(がつい)への添え書きの「書簡」に、自分の生誕地が「毛馬村」だと、下記のように初めて綴ったのだ。

「春風馬堤曲―馬堤は毛馬塘(けまのつつみ)也。即、余が故園(注釈・ふるさと)也。余幼童之(の)時、春色清和の日ニは、必(かならず)ともどちと此(この)堤上ニのぼりて遊び候。水ニハ上下の船アリ、堤ニハ往来ノ客アリ」。

それならこれが物証となって、江戸時代から毛馬村が生誕地だと定説になっても良かったのだろうが、そうならなかったのには理由がある。

というのは、江戸時代の発刊諸本には複製本が多い上、勝手に削除・加筆されることが多々あった。このため「夜半楽」の弟子への添え状ですら、複製なのか、それとも蕪村直筆のものか判定出来ず、結局「蕪村生誕地複数説」を加速させる結果を招き、生誕地説は宙に浮いたままの状態だった。

ところが、終戦直後、奈良県で終戦直後偶然見つかった先述の弟子の柳女・賀端(がつい)に宛てた添え書きの「書簡」が、公式に「蕪村直筆」だと「認定」されたからである。

これによって「蕪村毛馬生誕地」説が確定した。終戦直後の認定だから遅きに失したと言わざるを得ない。しかしこれは沢山残されていた「蕪村生誕地複数説」が破棄され、毛馬村を生誕地とする歴史的な「決め手」となった。

しかも「春風馬堤曲」冒頭の記述に淀川風景の描写や添付十八首と、柳女・賀端(がつい)に宛てた添え書きへの想いを結びつけて考えると、「毛馬村への切ない郷愁」を浮き彫りとなる。

以後、生誕地が毛馬村であることを不動のものになった。この経過を考えると、蕪村生誕地を定めた一通のこの「蕪村直筆書簡」の存在は、実に大きかった。

これが「認定」されていなかったら、蕪村が大阪俳人として登場することも無かったことになるだろう。)

こうして、「蕪村が大阪生誕俳人と称される」ようになってから、七十余年しか経たない。そのため蕪村は、芭蕉や一茶とは異なり、江戸時代以来、生誕地大阪で「蕪村生誕顕彰」が疎かにされたことで、それを知る人が少なかったことにも繋がっており、誠に慙愧に絶えない。

しかも、生誕した実家(庄屋?)は、明治29年の河川改修で川底に埋没させられ、棲んだ実家、お寺などの痕跡も皆無だ。姿、形も想像できない。

淀川堤防に「蕪村生誕地碑」、「蕪村句碑」があるが、生誕地はそこではなく、その堤防の眼下に流れる「淀川の川底」にあることになる。

ところで、平成28年(2016)には、蕪村生誕300年を迎える。だが、一番重要な「蕪村の生誕日」は未だに分からない。

だから、われわれ講座「蕪村顕彰俳句大学」は、2年半後に迫ってきた2016年に初の「蕪村生誕300年祭」を、2016年に開催し、蕪村生誕地高揚と後世への伝承、そして国際化への発信を大々的に進めたい挙行の具体化を、大阪市立大学と共同して進めている。

余談ながら、筆者は藤田教授に下記の質問をした。

「蕪村は、淀川を下って源八橋から船を降り、浪速の弟子の下に吟行の往き来きしていましたが、「春風馬堤曲」に記述しているように、それほど生誕地の毛馬に郷愁があったのであれば、源八橋の極く近郊の目と鼻の先にあるにある毛馬村生家に立ち寄ってはいないとの噂ですが、何故でしょうか?その学説はありませんか?」

藤田教授の答えは次のようだった。「それを証明する「学説」はありませんね。恐らく立ち寄ってはいないでしょう。深い郷愁にも拘わらず立ち寄ら無かったのには、その想いを超える何か実家に纏わる悲運があったからかもしれませんね」ということだった。

恐らく奉公人だった母と実家の父が亡くなってから、私生児だった蕪村は、家も引き継げず、家人たちからも極めつけの「いじめ」を受けただろう。そのために十七・八歳で家を出家せざるを得なかったのではないか。

こう考えて来ると、蕪村の幼少時の境遇と郷愁を慰撫する「歴史上初の生誕祭」を、必ず我々の手で成功させなければならないという想いが迫ってくる。

つまり、蕪村俳句の顕彰だけでなく、「蕪村が毛馬で生まれ、楽しい幼少を過ごしたものの、俳人となってからは望郷の念を捨ててまで毛馬に立ち寄らなかった悲痛な心を慰めるためにも、初の生誕祭をして崇めて上げなければならない」と思いが更に籠ってくるのだ。

今年の9月には、兜カ學の森(月刊誌:俳句界)と2回目共催の「蕪村俳句全国大会表彰式」を行うとともに、「蕪村生誕300年祭事業」も協同して行うことにしている。特に「蕪村生誕300年祭事業」は兜カ學の森の助力を得て、全国に広めて行く方針。

どうか、2年半後の秋に行う予定の初の「蕪村生誕300年祭」に、是非共 全国からご賛同とご支援を得て、成功させたいと切に願っている。どうか伏してお願い申し上げます。                                   (了)



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2014年02月20日

第8期「句会講座」終了、表彰式へ

NPO近畿フォーラム21主催
蕪村顕彰俳句大学 事務局


第8期蕪村顕彰俳句大学の「句会講座」が、2月19日開講の山尾玉藻講師に依る同講座で、無事終了致しました。
 
同「講座」では、「蕪村俳句の素晴らしさ」の講演につづいて、受講生から92句出句の作品を受講生が3句選んだ後、山尾講師が「入選・佳作・秀作」を選句し、1句づつ評論や言葉の入れ替えなどを行われました。
 
「言葉の取り換え」などによって、深みのある写生の素晴らしい俳句に様変わりしていくことに、受講生は感動していました。

今度の「句会」で、山尾講師から選ばれた「秀作」の一部と、それについての「寸評」を寄せて頂きました。下記に掲載致します。有難う御座いました。                  

・日の匂ふ犬ついてきし探梅行          加藤廣子
 春の梅を待ちきれず、寒気の中を梅を探しもとめて野山を歩くことを「探梅行」と言い、晩冬の季語とされる。
 冬日の射す野道や山道を梅を求めて歩いていた作者は、先程から見知らぬ犬がずっと付いて来るのに気付いたのだ。「日の匂ふ犬」より辺りの暖かさが想像され、知らぬ同士であろう人と犬のゆっくりと歩む様子がいかにも微笑ましい。春の到来もそう遠くないことを窺わせる一句。

・業平の墓径につむ蕗の薹            野澤あき
 平安時代きっての和歌の名手である在原業平は、大変な美男で数々の女性と浮名を流したとも言われ、『伊勢物語』の主人公のモデルと称されている。その点で今の世の女性も彼には大いに興味を抱く。
 業平の墓所に参る道すがら蕗の薹を見つけた作者は、思わず屈みこんでそれを摘んだのだろう。蕗の薹の咲く様子やふくよかな香りは平安の世のそれと全く違うことは無いだろう。作者は平安の世の女性となった気分で、束の間ロマンティックな思いに浸ったのかも知れない。

   ・手あぶりを廊に寄せあり梅の花         小林成子     
 梅の咲く頃はときおり肌寒さがもどってきて、手先に冷たさを覚えるものである。そんな時は昔懐かしい「手あぶり」が大変重宝される。
 この「手あぶり」、梅見茶屋もしくはもう少し高級な料亭のものだろう。それが今日は余り必要とされず廊下の片隅に寄せてある。もうそれだけの景でこの日の温かな陽光が思われ、外の梅の花の華やかな咲きぶりまでも想像される。

さてこれから、3月23日(日)に大阪市毛馬町の市立淀川小学校で行う「表彰式」に注目の舞台は移ります。

「一般の部」・「児童生徒の部」・「国際俳句蕪村賞の部」の3部の選考が、今進められております。皆さんのこころが昂ぶる時となりました。
 
ところで、今度の8期講座から、公益財団法人関西・大阪21世紀協会のご後援を頂き、同協会理事長賞を頂くことの準備を進めております。関西で文化活動支援に貢献実績のある同協会に、私たちにも支援して頂ければ幸甚な事です。

どうか、受講生出句作品・児童生徒応募作品・諸外国からの応募作品に、「秀作」が選ば「表彰式」で受賞されることを心から祈念致して居ります。

序でながら、本年4月からの第9期「句会講座」の日程も決まっております。どうか、9期からは1講座増えて4「句会講座」となりますが、現受講生の方が引き続き「こころとこころを結ぶ句会」にご参加頂きます様、お願い致します。
                       2月20日
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2014年02月15日

◆第8期最終「句会講座」進む

NPO法人近畿フォーラム21主催
   蕪村顕彰俳句大学 事務局


平成25年10月から開講した第8期3講師による「句会講座」最終2月講座が、既に2つ終了し、残すは1つとなりました。

この2月講座は、重要な意味があります。この講座が終わると、第8期「表彰式」に向けて、受講生から同期集約作品3句応募して頂き、同期受賞の対象となる優秀句の「選考」が始まるのです。

2月10日開講の朝妻力講師による講座と14日に開講した大橋晄講師の講座も、
8期最後の講座であるという意味に加え、受講者の間では「表彰式」への応募作品の創意意図も交錯しながら、楽しさに加え、非常な緊張感に溢れた句会になりました。

ところで、大橋晄講師の講座で注目を集めたのは、蕪村顕彰俳句大学講師の1人に就任して頂いている関西大学教授の藤田真一氏の著書「蕪村俳句の極意」を参考にしながら、「なんと三千句にも及ぶ句を蕪村は残している。芭蕉にもない、一茶にもない季重なり、助詞・動詞づかい、対句表現などに蕪村の俳句ワールドを繙く」という藤田論を、詳しく説明されたことでした。

その上で「奥ゆかしい句づくりこそ、蕪村の俳句が読む人のこころを豊かにしてくれる極意としてよいのではないだろうか」の藤田教授論の真意が説かれ、蕪村が如何に優れた俳人だったかを講演されました。

さて第8期締め括りの「句会講座」は、山尾玉藻講師によって、2月19日(水)午後1時から開講致します。大いに盛り上がる講座に致しましょう。

末尾ながら、平成26年4月から開講する次期第9期講座「蕪村顕彰俳句大学」は、月刊俳句界出版の兜カ學の森と共催して、2回目の「全国蕪村俳句大会表彰式」を行います。全国からの沢山の作品応募をお願い致します。

私たちは、大阪俳人・蕪村を顕彰し、俳句づくりを目指しながら、後世に俳句文化を継承して参りたいと存じております。どうか皆様のご助力を賜り、受講の継続と新規ご加入、そして全国からの作品ご応募を、改めてお願い申し上げます。
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2014年01月23日

◆1月の「句会講座」が終わりました

〜いよいよ、「表彰式」に向けた2月「句会」に移ります〜
                      NPO法人近畿フォーラム21主催
                             蕪村顕彰俳句大学 事務局

第8期「蕪村顕彰俳句大学」のお正月2回目の「句会講座」が、朝妻力講師によって1月13日に、また3回目が山尾玉藻講師によって、1月22日に行われました。

 朝妻講師の講座では、まず正岡子規「俳諧大要」著を参考にして、蕪村俳句の「句調」、「文法」、「句の材料」、「怪異を詠みたるもの」、「縁語及譬喩」について、蕪村俳句の講演が行われました。蕪村俳句が如何に深淵なものか、詳しく講演て頂きました。
 このあと「恒例の句会」で受講生出句による俳句作品の選句が行われてあと、朝妻講師による「入選・佳作・特選」が公表され、1句毎にきめ極め細かな「寸評」が行われました。「寸評」によって素晴らしい作品に様変わりするものが目立ち、盛会となりました。
2月講座の「兼題」は、「春隣・雲雀・東風・自由題」3句と決まりました。

 22日に開講された山尾講師の「講座」は、受講生が出句した96句の作品をお互いに3句づつ選句したあと、山尾講師が「入選・佳作・秀作」を選び、1句づつ受講生と意見を交えながら、「寸評」を行われました。

山尾講師によって「秀作」に選句された中から、3人の受講生の作品と「寸評」を頂きました。有難うございました。下記に掲載いたします。

 <秀作寸評                  山尾玉藻>

餅花の障子の外を高瀬川       蘭定かず子
 (餅花の影が白い障子にくっきりと浮かび上がり、その障子の外を高瀬川が静か音をひびかせている。何ともはんなりとした穏やかさの漂う新年詠ある。この句の場合、固有名詞「高瀬川」は絶対である。)

みちのくよりさくらいろなる年賀状   小林成子
 (大地震による津波で大きな被害を被った陸奥の人達のこころの傷はまだまだ癒えることはないだろう。だがその陸奥の知り合いからさくら色の年賀状が作者に届いた。日本人は桜からすぐに命をイメージする。さくら色の年賀状は力強く生きぬこうとする陸奥の人の逞しいメッセージに他ならない。)

   御降りのあがりし門に見送りぬ     奥田順子     
 (賀客が訪れてきた時は御降りが降っていたのだろうが、客を見送りに門に立った今、既に御降りは上がっていたのだ。家の前の景は常とは変わらない筈なのだが、作者には雨に濡れてしっとりとした慶賀な雰囲気を漂わせる特別の景と感じられたのだろう。作者と客の穏やかな会話が聞こえてくる。)

 さて、第8期の最後となる2月「句会講座は」、
 ・2月10日に朝妻講師
 ・2月14日に大橋講師
 ・2月19日に山尾講師
  によって行われます。
 
 上記の「2月句会講座」は、翌3月23日(日)午前10時から開かれる「第8期表彰式」に向けて応募される出句作品の中心講座になる可能性が強いとのことで、注目の「句会講座」となりそうです。頑張りましょう!

posted by 21キンキ at 11:49| 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月18日

◆蕪村生誕300年祭 準備開始

NPO近畿フォーラム21
                   蕪村生誕300年行事委員会


「NPO法人近畿フォーラム21 理事会」と「蕪村生誕300年事業委員会」の初の合同会議が、1月16日川原合同法律事務所で開かれました。
 
合同会議には、「蕪村生誕300年祭事業委員会 副委員長」の市大大場教授を始め、「NPO法人近畿フォーラム21の理事」、それに事業推進コンサルタント代表合せて9名が出席しました。

先ず、議長が、「蕪村生誕300年祭」行事を進める初の「合同会議」を本日開催することを宣して、出席者の紹介を行った後、「大阪の俳句文化振興に取り組む蕪村生誕300年祭行事を全国、諸外国に発信していくため、この日から基本企画案の協議を進めて参ります」と申しました。

これを受けて300年祭委員会の市大大場教授から、「蕪村生誕300年祭の進め方には、2016年の生誕年までの、どの時期に、どのような行事を進めて行くかを合同委員会のメンバーから提案して貰う打ち合わせを月に1度行うこととし、近々に実施しましょう」とのご意見が出されました。

「その際、合同委員会のメンバーが個人の行事具体案を持ち寄り、その案の中からメイン行事や順次開催行事などを選び、合せてその時期を明確化して行きましょう」と述べられました。

このあと、事業推進コンサルタント代表が、同上打ち合わせ結果を受けて「蕪村生誕300年祭」行事を発信していくため、出来るだけ時期に、2016年までの「蕪村生誕300年祭」進展内容を掲載する新規「ホームページ」を作成し、同300年祭の意義を広め、且つ俳句文化振興の使命を達成することに、支援して行くこと申し出ました。

「合同会議」は、上記内容を出席者全員で決議しました。

いよいよこれから、「蕪村生誕300年祭」行事計画の推進は、順調に進みます。
市大・大場教授には大変ご助力頂き、感謝しております。
                             以上
posted by 21キンキ at 07:19| 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月27日

第8期・今年最後の「句会講座」終わる

蕪村顕彰俳句大学  事務局


今年最後の「句会講座」は、12月25日(水曜)に山尾玉藻講師によって開講しました。真冬の木立と石垣の上に屹立する大阪城を眺められる教室で、「句会」は進められました。

まず、山尾講師が、与謝蕪村の「歳晩」の作品6句を参考にして、「師走」や「年の市」など「歳晩」に相応しい季語を使った俳句の特長を講演されました。

つづいて、恒例の受講者出句93句について、受講者全員が1人3句「選句」し合いました。
 
このあと、山尾講師が入選句、佳作句、秀作句を公表されたのに続いて、作品1句づつ「寸評」をされました。これに合せて表現の仕方や、言葉の使い方などを巡り、出句受講生と対話をしながら「修正」も行われ、受講生は熱心に耳を傾けていました。

そこで、山尾講師が選ばれた「秀作」の一部の「寸評」を、山尾講師に執筆して頂きましたので、下記に記載いたします。

◆<秀作寸評     山尾 玉藻

・荒れぐせの沖眺めゐし頬被      蘭定 かず子

二、三日沖が荒れる日が続いているのだろう。この頬被の人物は恐らく漁師、漁に出たくても出られない無聊の横顔が窺える。頬被は沖をじっと見つめながら何を思うのであろうか。
   
・膝もとへ炭はぜし音初手前       増田 忠勝

炉の炭が勢いよく爆ぜ、その音が茶席に正座する作者の膝がしらに響いたような気がしたのである。作者は思わず背筋を正し、こころを引き締めたことだろう。炭が爆ぜた瞬間、新年らしい瑞祥の気が茶室を占めたであろう。

・看護師のパソコンの音年詰まる     上原 悦子
 
現在では病院のカルテもコンピューターで管理される時代である。ナースステーションに看護師が打つパソコンキーの音が忙しく響くのを耳にして、作者は今更ながら看護師という仕事の厳しさ実感している。季語「年詰まる」がその感慨を一層のものとする。>

こうした「寸評」によって、作者の創作の想いがはっきりと浮かび上がり、これから俳句を作る人にとり、想いを著わす言葉の使い方などに大変参考になるものと思います。山尾先生に感謝します。どうかご拝読下さい。

さて、来年の1月からは、1月10日に大橋晄講師、1月13日に朝妻力講師、1月22日に山尾玉藻講師の「句会講座」が行われます。

来年も、大いに「俳句つくり」に挑戦しましょう!
良いお年をお迎えになることを祈念致します。







 


posted by 21キンキ at 06:57| 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月14日

◆12月句会講座 2回目終わる

蕪村顕彰俳句大学 事務局


12月「句会」は、まず9日(月)に朝妻力講師による「講座」が開講しました。

「柊の花」、「大根」、「自由題」を兼題に出句された93句作品を、受講生がそれぞれ選句し合ったあと、朝妻講師が「佳作」「入選」「特選」を選んで、1句づつ繊細に選評されました。

この「選評」の時、作者に対して、「作品の純粋さがよく表れている」、「作った時の状況の説明が良くわかる」、「作品の言葉を、こう替えるともっといい句になる」などと、話し合いをされながら進められました。これに受講生は熱心に聴講していました。

このあと、「蕪村講演」を行われ、正岡子規の「俳句大要」を参考にしながら、蕪村句の「精細的美」を初めに、「句法」、「句謂」などを詳述されました。
次回講座は、26年1月13日です。

続いて12月2回目「句会講座」は、大橋晄講師によって12月13日(金)に行われました。

「短日」、「山茶花、「自由題」を兼題にした81句の受講生作品を、受講生が3句づつ恒例の選句を行った後、大橋講師が「佳作・入選・特選」を発表され、個々の作品について丁寧に「選評」を行われました。

中でも「助詞の変更によっては詠嘆的表現が強まり、良い句になる」と、作者と話し合いながら進められるひとときは、「句会」に熱気が盛り上がりました。

このあと、萩原朔太郎著の「郷愁の詩人与謝蕪村」を参考にしながら、「蕪村講演」が行われました。
この日は、蕪村の「冬の部編」を引用しながらの「講演」でしたが、同著は「子規の蕪村評価を超えている」ものであると強調され、幾つかの蕪村俳句を例にとりあげた萩原朔太郎の「蕪村評価」を、それに沿って裏付けろ説明をされました。

中でも、例句に取り上げられた「藪入りの夢や小豆の煮えるうち」の蕪村俳句についての、下記の萩原朔太郎の記述に興味を惹かれました。

<藪入りで休暇をもらった小僧が、田舎の実家に帰り久しぶりで両親に逢ったのである。子供に御馳走しようと思って、母は台所で小豆を煮ている。そのうち子供は。炬燵にもぐり込んで転寝(うたたね)をしている。(略)
作者が自ら幼児の夢を追憶して、亡き母への侘しい思慕を、遠い郷愁のように懐かしんでる情想の主題を見るべきである。(略)
「春風馬堤曲」の如きは、藪入りの季題に託して彼の侘しい子守唄であるところの、遠い時間への懐古的郷愁を詠嘆している。芭蕉の郷愁が旅に病んで枯野を行く空間上の表現にあったのに反し、蕪村の郷愁が多く時間上の表象にあったことを、読者は特に注意して鑑賞すべきである>。

蕪村の郷愁と母への侘しさの想いが、萩原朔太郎の解釈によって実に良く表現された蕪村句であることが分かり、心を打たれました。実に難しい蕪村句ですが、蕪村生誕地の大阪人としては、郷愁の蕪村の想いが伝わってきます。

12月「句会」を締め括る山尾玉藻講師の講座は、12月25日(水)に開講します。楽しみですね。
posted by 21キンキ at 15:49| 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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