2015年12月22日

◆「蕪村銅像」を大阪「淀川神社」に建立

NPO法人近畿フォーラム21  毛馬 一三



2015年12月21日

平成28年1月から、いよいよ「蕪村生誕300年の年」。江戸時代三大俳人の与謝蕪村は、300年前の1716年享保元年に大阪毛馬村に生まれたことだけは、はっきりしていますが、肝腎の「生誕の日」は未だ不明です。

しかし2016年は上記の通り、「生誕年300年の年」を迎えることになります。

筆者が所属するNPO法人近畿フォーラム21は、6年前から「大阪俳句文化振興を図る活動のひとつとして、蕪村生誕300年を顕彰する「講座・蕪村顕彰俳句大学(学長川原俊明・弁護士)」を立ち上げ、同講座開講を運営しつつ、兜カ學の森とも共同して、全国俳句大会も開催し、最優秀句の表彰式をおこなって来ました。

ところがどうしても困惑極めるのは、「蕪村生誕の日」が分からないことです。分からないことは、大阪毛馬町生誕の「生誕300年」の「御祭り」を、来年のいつの日に、如何なる行事をすすめたらいいかが直面する難問でした。

そこで、まず世間に広く知られている大阪淀川堤防上の「生誕記念碑」に匹敵する「蕪村銅像」を建てることが、効果的だとの考えにNPO法人理事会の意見が合致し、立案作業を進めてきました。

では、「蕪村銅像」を建てる場所をどこにするのかが最大の課題でした。「銅像建立」によって蕪村生誕地が大阪毛馬町であることを、地元だけでなく、全国・諸外国の俳句愛好家にどしどし「銅像」を見に来て貰うための「最適地」は、一体何処がいいのだろうか、これに関して詳しい調査をすすめました。

そんな時に、「最適の建立場所の候補地」が上がったのです。驚嘆でした。これはこれから追々。

蕪村は、摂津国東成郡友渕村字外島(現・毛馬町1−2−11)の庄屋で生まれました。庄屋は近郊にある「八幡神社」と「淀川神社」の「氏子」でした。江戸時代は、ともかく生誕のお祝いや商売発展の祈願、生活安泰の祈願、悩みからの脱皮の祈願などに期を捉えて、氏子たちが「神社」に参詣していたことは、江戸時代の慣習であり、熱の籠った常習でした。

ですから「二つの氏子神社」に、与謝蕪村(寅)が、東成郡友渕村で育った幼少の頃、庄屋の「氏子」の父と母につれられて氏子参詣を続けていたであろうということが、地元毛馬町の情報として急速に浮かび上がって来たのです。

序でながら記しますと、もうひとつの「八幡神社」は、明治に近郊の「桜宮神社」と合祀し、姿を消しました。従って、現存する毛馬町の氏子神社は、「淀川神社」だけになっています。

と云うことは、蕪村が参拝したと称される氏子神社の実像は、今では「淀川神社」だけしか、残っていないということになります。

このことから筆者は、動きだしました。早速注目の「淀川神社」を訪ね、横呂良宮司と神社の座敷で、同神社の歴史と蕪村参詣の歴史的風習を巡る話し合いを交わしたのです。
すると、横呂良宮司は、神社は焼却の過去もあり「淀川神社への参詣書はないものの、江戸時代慣習から察すれば、蕪村氏子一家がここに参詣したことは間違いないことでしょう」と、意見が一致しました。

ですから、蕪村が幼少の頃、悩みに包まれた母と参詣に通ったのは想像に難くなく、生家相続に絡まされ悩みの果てた蕪村が、駆け込み参詣を行ったことも推測出来る経過を飛び出してきました。

更には、17・18歳の頃、生家「庄屋」を整理して江戸に下る決意を問い掛ける参詣も、当然氏子の立場で「淀川神社」に命懸けで詣でたこととは、当然のことだと断言できることも一致しました。

そこで筆者は決意しました。その場で横呂良宮司に「淀川神社の境内」に「蕪村銅像」を建立させて頂けませんでしょうか。望郷の念に終生纏わり付かれた蕪村の心を迎い入れ、蕪村が参詣したのがここの「淀川神社」だと後世に伝承しましょうとお願いしました。

横呂良宮司も話の進み具合を快く受けいれられ、実はこのあと「神社役員会」を開催されて、この問題を協議して頂いたのです。その結果的、何と「神社役員全会一致」で、境内への建立が決定されました。
神社に俳人の銅像が建立されるということは、画期的なことでした。

筆者は歓喜し、早速これを川原俊明学長と「蕪村生誕300年行事実行委員会・村田正博委員長(大阪市大文学部教授)」に報告した処て喜ばれ、勿論NPO法人理事全員も「蕪村銅像建立先」に感動しました。

本当に「淀川神社境内」に歴史的、かつ蕪村幼少時代の本人と父母の参詣心情を取り入れて、「建立」賛同にご努力された横呂良宮司と「神社役員会の方々」に心から御礼を申し上げました。

これから本題。

NPO法人近畿フォーラム21と、淀川神社(大阪毛馬町)は事業協力して、大手建設会社に発注し、平成27年12月21日正午前から、神社境内で「蕪村銅像建立」工事を実施します。工事は、午後1時前には終わる予定です

そこで、出来上がる「蕪村銅像」の形は、下記の通りです。

・「蕪村銅像」自体の、高さは(地面より)1m60p。

・「蕪村銅像」正面は、台座石95pの上に、鉄製の「蕪村像本体」(土台付)65p。「銅像横幅」は、45p。
 
・「蕪村銅像」の正面高さ(台座付)は70p、銅像幅は(台座付)で45p。

・「銅像」正面の台座の中には、「与謝蕪村銅像」、「故郷毛馬生誕300年記念」と記しています。
更にその下に多数の「建立協賛者名」が記されています


そしてこの「蕪村銅像」が完成したあと、来年平成28年からの「蕪村生誕300年の年」のスタートに合わせて28年1月23日(土)13時から、「蕪村銅像建立の除幕式」を「淀川神社」で開催します。

 末尾になりましたが、蕪村銅像建立のため、地元・各界の方々から「賛助」にご協力を頂きましたことに心からお礼申し上げます。

どうか、「蕪村生誕300年の年」幕開けの来年1月23日午後1時には、「淀川神社」での蕪村銅像建立の除幕式を開催致しますので、是非「淀川神社」にお越し頂きます様、お願い致します。 以上

◆なお、全国版「頂門一針」に、上記記事が掲載されました。蕪村顕彰を全国に発信して頂き感謝致します・
全国版「頂門一針」:バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/

  
posted by 21キンキ at 18:23| 新活動の展開 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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