2015年08月02日

感動した蕪村実物「絵画と俳句」閲覧

NPO法人近畿フォーラム21
毛馬 一三



 江戸時代の俳人与謝蕪村が、来年生誕300年の「年」を迎えるため、筆者主宰のNPO法人近畿フォーラム21では、全国初の「生誕300年記念祭」の諸行事を全国に先駆けて、蕪村生誕地大阪毛馬で実施する計画を進めている。

 ところが、蕪村を後世に継承して行く考えに同意してくれている大阪市会議員(前議会副議長)の杉田忠裕氏が、「蕪村と若冲の生誕三百年展覧会が、今
滋賀県甲賀市信楽町の博物館「miho museum」で開かれているので行きましょうか」と云って誘われた。

 これには驚きだった。我々と同趣旨の「生誕300年記念展覧会」と同じ表題を付けて、滋賀県の博物館で、何と半年も早く開催されているということ自体に驚嘆だったのだ。瞬間的に、これを見逃す訳にはいけないと思った。杉田忠裕氏にご案内をお願いした。

 7月31日午後1時、杉田忠裕氏の運転する自家用車に、筆者と同じNPO理事渡邊征一郎氏を同乗させて貰い、大阪から新名神高速道路を疾走して、1時間40分掛かって信楽インターチェンジを下車。

あと、囲まれた山や谷を遠望しながら、幾つもトンネルを抜ける道路を通って15分走り、信楽町博物館の駐車場についた。そこからまたバスに乗り換えて10分ほど行き、ようやく本番の博物館「miho museum」に着いた。

同博物館は、1997年11月世界的な建築家・イオペイシの設計によるもの。80%を地中に埋設したユニークな設計。敷地面積:30万坪、美術館棟(床面積);17,400u。観るだけでも、博物館に入館してみても巨大建物とわかった。

これから本題。

現場で杉田氏の知人2人と合流、5人で閲覧を始めた。この日は平日の金曜なので 閲覧者は少ないだろうと思ったが、なんと大勢が並んで見学している。

「生誕三百年の蕪村と若冲」は、尾形光琳が亡くなった後の同い年同士の天才絵師だったのだ。蕪村は図画と共に俳句も吟行したが、若冲は画家として専念した人物。

 博物館での2人の絵画等の陳列は、223点陳列されていた。蕪村に夢中な我々5人は、「蕪村絵画と俳句添付絵画」を凝視してまわった。現在、展覧中の蕪村筆閲覧図は、80点ある。

この中には、閲覧予定も含め
・「花守の」与謝蕪村筆:俳句付き
 ・「学問は」与謝蕪村筆:俳句付き(8月4日〜)
 ・「雪月花」与謝蕪村筆:俳句付き
 ・「盆踊図」与謝蕪村筆:俳句付き
 ・「又平に」与謝蕪村筆:俳句付き
 ・「奥の細道図巻」与謝蕪村筆
 ・「山水図屏風」 与謝蕪村筆
 ・「夜色楼台図」 与謝蕪村筆 (国宝・8月18日〜)
 ・「蜀桟道図」  与謝蕪村筆
  などがある。
 
 「蕪村図画は、各種の書籍で、同上の「写真」は何度も見てきたが、目の前に与謝蕪村筆の実物の絵と筆文字を見ることが出来た上、「蕪村、謝寅、東成蕪村」の自筆名前を見つめた時、不覚にも感動の涙が溢れ出て、止まらなかった。蕪村の生きざまと郷愁の想いを多少知っている筆者にとって、実物画のインパクトは強烈だったのだ

 この閲覧の最中、博物館の梨純次参事から、去年新しく見つかった「蕪村絵画」3図があり、世間に余り知られていない3図だとして閲覧を勧められた。

維摩(ゆいま)、龍(りゅう)、虎図(とらず)の与謝蕪村筆3図であった。そういえば、維摩も龍、虎図は、確かに書籍の写真でも見たことはない。これも今回閲覧の感動の一つだった。

閲覧者は、我々の金曜閲覧日には900人もあったという。8月1日(土)には、1500人を超えたということだった。

「蕪村と若冲の生誕300年展覧会」は8月30日まで行われる。滋賀県信楽町の博物館は非常に遠いけど、筆者の涙を誘うような感動を招いてくれるのは確かだ。是非「蕪村俳句愛好家」の方は、博物館の閲覧をお勧めししたい。                              (了)
posted by 21キンキ at 08:22| 新活動の展開 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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