2015年10月13日

◆大阪吟行の蕪村 生誕地には帰らず

毛馬 一三



江戸時代中期の大阪俳人で画家である与謝蕪村は、享保元年(1716年)、摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)に生まれている。生誕地が大阪毛馬村と余り周知されていない事実のことは本誌で既に触れている。

しかし、蕪村が俳人として大阪の中心部を活躍の舞台にしていたことには触れていない。むしろそれに気づかなかったのが本当のところだ。それはこれから追々。

蕪村は、17歳〜20歳頃、生誕地毛馬を飛び出て江戸に下った。なぜ江戸に下ったのか。これすら未だはっきりしない。しかも蕪村は出奔以来、極度な郷愁は感じながらも、実際は生誕地「毛馬村」に一歩も足を踏み入れていない。なぜだろう。

京都丹後与謝から毛馬村の商屋の奉公人として来た母親が、庄屋と結ばれて蕪村を産んだ。母親は若くして死去したため、蕪村が庄屋の跡継ぎを委ねられたものの、正当嫡子でないために庄屋経営責任をも果たせず、周囲や同業からの過酷ないじめに遭わされたこともあって、意を決し毛馬村を飛び出したようだ。

しかも蕪村が飛び出した先が、江戸の日本橋石町「時の鐘」辺に住む俳人早野巴人だ。だが、どうしてこんな超有名な俳人に師事し俳諧を学ぶことができたのか、田舎の毛馬村と江戸との結びつきや、師匠との今謂うコネがどうして出来たのか、ミステリーだらけだ。

この時蕪村は、師の寓居に住まわせて貰い、宰鳥と号している。

<寛保2年(1742年)27歳の時、師が没したあと、下総国結城(茨城県結城市)の砂岡雁宕(いさおか がんとう)のもとに寄寓し、松尾芭蕉に憧れてその足跡を辿り東北地方を周遊した。その際の手記を寛保4年(1744年)に編集した『歳旦帳(宇都宮歳旦帳)』で、初めて「蕪村」と号したのである。

その後丹後、讃岐などを歴遊し、42歳の頃京都に居を構えた。 45歳頃に結婚し、一人娘くのを儲けた。島原(嶋原)角屋で句を教えるなど、以後、京都で生涯を過ごした。明和7年(1770年)には、夜半亭二世に推戴されている。

京都市下京区仏光寺通烏丸西入ルの居宅で、天明3年12月25日(1784年1月17日)未明、68歳の生涯を閉じた。>出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

蕪村は、定住していた京都から船で淀川を下り、頻繁に吟行に大阪にやって来ていたことが、最近分かってきた。

船から陸地に上がったのは、生誕地毛馬村とは全く正反対西側の「淀屋橋か源八橋」からで、ここから大阪市内にある数多くの門人らを訪ねて回っている。

蕪村は、俳人西山宗因のお墓(大阪市北区兎我野町 西福寺)を訪ね、大阪の蕪村の門下人の武村沙月、吉分大魯(よしわけ・たいろ)のほか、西山宗因の門下の上島 鬼貫(伊丹の人)の処を回っている。大阪市内の各地を重点的に回っていたことになる   

特に、吉分大魯は、阿波の出身で、安永2年 (1773)から6年まで大阪「蘆陰舎」に滞在(安永7年、兵庫で没)しており、この「蘆陰舎」に蕪村は足繁く立ち寄っている。逆に大魯をつれて、淀川を船で上り、京都の蕪村門下を代表する高井几董に会わせるなど、京都―大阪往復行脚は活発だったようだ。(大阪市立大学文学部)

早い話、蕪村にとり「大阪」が活躍の舞台だった訳だ。これもあまり知られていない。

これを証ように、今の大阪市北区梅田茶屋町の商店街の広場に「菜の花や月は東に日は西に」の蕪村句を刻んだ高さ1m、幅50cmの碑があり、顕彰されている。

ここでは地域の有志が「菜の花」を植え、「菜の花の散歩道」という「まち起こしイベント」を催している。つまりこの辺りは、蕪村が毛馬橋から上がって、散策したところだ。

ところが、蕪村は正に近郊に存在する蕪村生誕地の「毛馬」に、前述の様に一歩も足を踏み入れていない。父母に対する「望郷」の念は強くあっても、幼少の苦節だけがそうさせたのだ。

さて、後世のために大阪俳人蕪村を顕彰し、蕪村俳句文化振興をしようという筆者主宰のNPO法人近畿フォーラム主催「講座蕪村顕彰俳句大學」(学長 川原俊明弁護士)開講は、立ち上げてから、もう6年が経っ。

応募の優秀句には「知事、市長、教育委員会委員長、学長賞」、海外から応募の優秀句には「国際交流基金理事長賞」等の各賞を授与する「表彰式」を毎年2回行い、蕪村生誕地近郊の大阪市造営の「蕪村公園」に、「表彰式」のあと「優秀句記念プレート碑」を建立している。

この4月からは、第11期講座を始め、来年の蕪村生誕300年記念を控えて、9月には兜カ學の森と共同して「蕪村顕彰全国俳句大会表彰式」を行った。文學の森刊「俳句界」を通じて、俳句作品のご応募を読者の方にお願いした。

そんな折、驚くべきことが分かった。

大阪俳人としての名を高めた与謝蕪村が、生誕地毛馬村で幼少の頃、父母と一緒に「氏子」として参詣を続けていた氏神神社が今、大阪市毛馬町にある「淀川神社」であることが分かったのである。

これにより、昨年の暮、当NPO法人近畿フォーラム21と、「淀川神社」が共同して蕪村俳句顕彰し、蕪村参詣経験の「淀川神社」の名を広める等の諸活動を行うことになった。

その手始めに今年から「淀川神社」で、俳句愛好者が自作の俳句を「蕪村絵巻」に俳句自作を書き込み、境内に吊るす祭事を始め、マスコミも取り上げられた。

これからは、この活動が「望郷の念」の強かった蕪村が、来年28年の「蕪村生誕300年記念年」を控えて、現代の人たちが蕪村の「望郷の念」を引き継ぎ補ってくれることを喜ぶことになると思う。だから地元と協力して積極的蕪村顕彰を進めていきたい(了)

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2015年10月09日

◆蕪村顕彰全国俳句大会 終わる

〜第11期表彰式 盛会裡に無事終了〜

NPO法人近畿フォーラム21主宰
  蕪村顕彰俳句大學  川原俊明
兜カ學の森     林 誠司


 
9月13日(日)午後1時から大阪市立淀川小学校で開催しました「蕪村顕彰全国俳句大会第11期表彰式」は盛会裡に無事終了しました。

 全国誌「俳句界」発刊の兜カ學の森と共同して、全国の俳句愛好家と蕪村顕彰俳句大學運営の「句会講座」の受講生の応募作品から専門家に選考して頂いた「一般の部」の優秀句に、「大阪府知事賞、大阪市長賞、公益財団法人関西・大阪21世紀協会理事長賞、当学長賞、兜カ學の森賞」を授与致しました。

 また、大阪市立、私立の小中高校から応募頂いた「児童生徒の部」の優秀句にも、「大阪府知事賞、大阪市教育委員会委員長賞、当学長賞、それに今期から新規に設けた淀川神社賞」を授与しました。

 さらに、諸外国から応募された俳句作品の「国際俳句蕪村賞の部」の優秀句にも、「大阪府知事賞、大阪市長賞、独立行政法人国際交流基金理事長賞」を授与致しました。

 このほか、上記3部に「佳作賞」を授与し、蕪村顕彰俳句大學の3「句会講座」の講師推薦賞も授与しました。

 式典が終了後、蕪村生誕地近郊の「蕪村公園」に、表彰された「優秀句の記念碑」を建立し除幕式をしました。受賞した児童生徒・ご家族、一般の部の受賞者が集まり、大いに盛り上がりました。

 そこで、「優秀句一覧表」を下記に掲載します。どうか優れた全国俳句大会の実績を拝読頂き度存じます。

江戸時代の俳人・与謝蕪村生誕300年の年が、来年平成28年に迎えますので、今期全国俳句大会第11期表彰式は、その「お祭り」の前哨となりました。来年与謝蕪村生誕300年記念行事は、皆様のお力を頂いて、おおいに盛り上げようではありませんか。心からお願い申し上げます。

◆一般の部

大阪府知事賞
    沢蟹は水の色して生れけり     兵庫県  前田 忍様

大阪市長賞
    白南風や通し土間よりすぐに海   千葉県  原 瞳子様

公益社団法人関西・大阪21世紀協会理事長賞
    閉めてあるはうが明るし春障子  大阪府  藤村澄子様

蕪村顕彰俳句大学学長賞
    魚すべて黒潮のもの船料理  大阪府  藤村澄子様

(株)文學の森賞
    なには津の日暮れ明るき祭鱧  大阪府  間谷雅代様

佳作賞
    校長を勤め上げたる白絣      埼玉県   荒川清司様
    戸隠の何処歩きても遠郭公     大阪府   猪田初美様    
    月涼し桶に匂へる高野槙      兵庫県   上原悦子様
    風の繰る机上の一書五月来る    大阪府   高野卓也様
    ひかり吸ふやうに蓮酒飲みにけり  大阪府  武田和子様
    地球儀の塵拭く海の日なりけり   大阪府   竹森静雄様
    蕪村句碑驚かせたる大花火     大阪府 田中靖子様
    蕪村句碑までの長堤小鳥来る    大阪府 谷口多満様
    青蘆のさやめく淀の暮色かな     奈良県   中川晴美様
    蔵のある町を飛び交ふつばくらめ   大阪府   西村妙子様
    墓ひとつ残す故郷盆の月       滋賀県   前川菅子様
    月山の花野に埋もる遭難碑      兵庫県   本村幸子様
    マンションに水母を飼へる漢かな   大阪府   森田幸夫様
    鰡飛んで旧淀川をきらめかす    大阪府   山田夏子様
    遠足の磯の香の子を集めをり    兵庫県   山田美恵子様
    闇濡れて来て蛍の飛び始む     大阪府   吉田 喬様
    時の日や流るるものに水と砂    大阪府   吉田 喬様
    一人来て一人の音の田植かな    大阪府   吉田万喜子様
    潮入に下る砂利舟蘆茂る      大阪府   吉村幸子様
    尻ぬれてよりぞんぶんに磯遊    兵庫県   蘭定かず子様

◆一般の部 講師推選賞

大橋晄講師推選賞
    谷水を引きて山家の花菖蒲     嶋崎 豊子
    短夜の沖静かなる波の音      北村恵美子
    土筆摘み島へ別れの一家かな     中村 公代

山尾玉藻講師推選賞
    見覚えや柩の上の夏帽子      大山 文子
    藻の咲いて水神へ櫂使ひけり    蘭定かず子
    雲の峰軒の卵塊濡れゐたる     小林 成子

柴田多鶴子講師推選賞
    更衣ひととき妣の香の中に    伊福悠紀
    ほうたるを呼ぶ児の減りて闇の濃し   田宮恭子
    原種みな素朴なかたち額の花    岩出くに男

◆児童・生徒の部

大阪府知事賞
    おひさまがぎらぎらしたらかき氷 大阪市立大東小学校五年  坪田 乃々様

大阪市教育委員会委員長賞
    表面に虹を浮かべてしゃぼん玉  大阪市立南高等学校一年  川元 理代様

蕪村顕彰俳句大学学長賞
    一人聞く祭囃子の笛の音     大阪市立南高等学校一年  井上 和音様

淀川神社賞
    月見草風にふかれてゆらゆらと  大阪市立淀川小学校六年年 宮本 結菜様

佳作賞
    ひがささしちょっとおとなきぶんだよ大阪市立大東小学校二年    天野  凛
    ふゆのそとナイフのようにかぜがふく  大阪市立大東小学校二年    田中 心樹
    白い息城の石がき見て走る       追手門学院小学校三年      田邊 誉人
    雨上がりしずくと共に虹が出る     大阪市立淀川小学校六年     小路 愛心
    夏の星夜空に光をときはなつ      大阪市立淀川小学校六年     新居 美咲
    帰り道秋夕焼けが照らす道       大阪市立淀川小学校六年     軽澤 礼奈
    やわらかい落ち葉の道を散歩する    大阪市立大東小学校六年     森下 心葉
    ヒマワリよ私の背をこさないで     追手門学院小学校六年      内田 佳歩
    入学式背負いなれないランドセル    追手門学院小学校六年      内海 隆飛
    夕焼雲その間から光さす        大阪市立咲くやこの花中学校二年 稲葉 遥
    夕焼に足をゆるめる君とぼく      大阪市立咲くやこの花中学校二年 小倉茉菜香
    月涼し足音止んだグラウンド      大阪市立咲くやこの花中学校二年 山口わたる
    赤とんぼだいだい色の空に飛ぶ     大阪市立南高等学校一年    酒本 愛優
    蝉時雨日差しと共に降りそそぐ     大阪市立南高等学校一年    福盛 海斗
    原色に溶けきっていくかき氷     大阪市立南高等学校一年    川元 理代
    少しでかい制服を着て新入生      大阪市立南高等学校一年    小林 瑞季
    真っ青に輝く空だきたぞ夏        大阪市立南高等学校一年    西村 明花
    Imissyouあの日作った雪だるま 大阪市立南高等学校一年    藤田美香麗
    蒲公英よ叶うと言ってこの恋が      大阪市立南高等学校二年    大西 七菜
    つばめの子お前はどこへ飛んでいく   大阪市立南高等学校二年    爲 麻土香

◆国際俳句蕪村賞

大阪府知事賞
    夕焼けや故郷へ架かる鉄道橋     台湾    蔡 佩真様

大阪市長賞
    夕焼けや子供を背負う父の影    台湾    周 姿均様

独立行政法人国際交流基金理事長賞
    天窓を開けたまま寝る夏の月     台湾    郭 芳慈様

佳作賞
    コンビニの暴走族や夏の月      台湾  宋 佳駿
    夏の月ダイダラボッチ動き出す    台湾  楊 子瑩


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